タイに移住するまでの自分が歩んできた軌跡(episodeⅧ)

生まれた長女(タイ人とのハーフっ娘)が、タイの田舎で大人気でボクが抱っこする時間があまりなく悲しんでいる五十代アクティブニートの川島です。

今回は、ボクの歩んできた軌跡シリーズ エピソード8(Episode PartⅧ)をお送りしたいと思います。最後の運命の人との出会いとタイでの現地採用として働いた三年間を振り返ります。

ボクの歩んできた軌跡シリーズ エピソード7(Episode PartⅦ)では、再起をかけてタイ移住を決断し現地採用として働き始めるところまでお話しをしましたね。

タイに移住するまでの自分が歩んできた軌跡(episodeⅦ)
4月3日にボクとしては、四人目(日本では3人)となるタイ人と日本人とのハーフな女の子が誕生して毎晩2時間毎に、授乳、おしっこ&うんちに格闘し...

46歳の崖っぷちの男が、タイで現地採用を勝ち取った話

通常、タイで現地採用として働きたいと思っている場合、日本でまずはGoogle先生に聞いてみて情報収集するのが一般的。ボクのように現地に来てから慌てて探すのはナンセンスです(笑)

現在は、様々な企業(就職斡旋会社)がタイでの現地採用としての仕事を斡旋していますし、また、日系企業も4,500社以上進出しており日本人の現地採用の需要もあります。

ボクの場合は、当初、現地採用として働くつもりがなかったものの手持ち資金が少なくなり、慌てて現地採用として働かざるを得なくなりました。(計画性なさすぎ

その際、ボクがGoogle先生に聞いて見つけた求人サイトは、確か、バンコク週報のインターネットサイトをみて日系企業の進出の手伝いをする不動産会社の求人が目に止まりました。ただし、そのときの求人要項の年齢は45歳までとの記載がありました。

ボクの年齢は、46歳!まあ、イチかバチかで採用希望の登録をしたところ、面接をしても良いとのお返事をいただくことができました。

もちろん、面接は全力投球!気合十分!たぶん、球速は130km/hは出ていたと思います(笑)まあ、口から生まれてきたのではと言われるくらいなので、面接はバッチリで見事に採用を手にすることができました。

その後、大変なことになることも知らずに!

今後、タイでの就職や生活については、タイでの現地採用での働き方というコンテンツで詳しくまとめていきたいと思います。

最後の?!最後にしよう!運命の人とタイ パタヤで出会う!

タイで現地採用として働くのが決まるか決まらないかの時期に、そう、所持金も7万バーツ(21万円)を切りはじめたそのときに、タイのパタヤへふら~とやってきました。

日本でもタイでも資産を失い、翼も心も折れていたあの頃です。

タイに移住するまでの自分が歩んできた軌跡(episodeⅦ)
4月3日にボクとしては、四人目(日本では3人)となるタイ人と日本人とのハーフな女の子が誕生して毎晩2時間毎に、授乳、おしっこ&うんちに格闘し...

この頃は、正直少しヤケになっていた自分がそこには居たように思います。そりゃ~、そうです。自分のせいだとは言えすべてを失ったわけですから。

確か友人とパタヤに遊びに行ったときです。パタヤのバービアで笑顔が素敵な女性にバッタリ!吸い込まれるように、バービアのカウンター席に座っていました。

あまりにも素敵な笑顔で手を振るからなんて言いながら。あとから、彼女に聞いたら。

タイ嫁
あっ!私、実は目がちょー悪いんだよね~。顔が見えない(笑)
ボク
あっ!そうなん?!(笑)

このときは、お互いに自分たちの境遇やらボクの今の状況(ボクの人生で今が最悪なこと、まったくお金もないこと)を話しながら2~3日一緒に過ごして、ボクからこんな提案を。

ボク
バンコクで現地採用で働くんだけど一緒にバンコク来て応援してくれる?!

タイ嫁
うん、いいよ。応援する!

彼女自身も相当の苦労人で、もう夜の世界を離れたいと思っていたこともあったと思います。

常に崖っぷちのボクの人生を彩った女性たちからの学び
サワディクラップ! いつも崖っぷちの人生を歩んでいて、いつ脱出できるんだろうとモガイている五十代アクティブニートの川島です。 ...

そう、ボクは、最後の?!最後にします!運命の人とパタヤで出会ったのでした。

就職した日系会社の不動産部の上司が次から次へと辞めちゃう?!

こうして、タイ人彼女と生活を共にしながらタイ バンコクで現地採用として働く日々が始まりました。

ボクが就職したのは、2014年1月の終わりだったのだが同僚となるはずだったボクよりも20歳も若い社員が2月中旬で辞めることがすでに決まっていて、慌ただしく引き継ぎが始まりました。ただ、わずか2週間での引き継ぎだったため、また、ボク自身、タイでの不動産は初めてで右も左もわからない状況での引き継ぎだったためなにがなんだかわからずのうちに終わってしまった。

すると、4月頃だったか不動産部門のマネージャーである男性も独立のため会社を去ることになり、続いてタイ人のマネージャー、タイ人社員も続けて辞めることに。急遽、補充で新しタイ人女性を雇うことになりました。

結局、入社してわずか3ヶ月あまりで不動産部門は、入社して間もないタイでの不動産経験がまったくないボクとタイ人女性スタッフの二人となってしまいました。

その瞬間から、不動産部門のマネージングと立て直しをすることに。工業団地の不動産の取扱など初めてなことばかりでしたが、必死でした当時は。

そのときは、駐在員用の賃貸物件の取扱もあったため入居の手続きや引っ越しなどで土日も3ヶ月位は休みがなかったように思います。

ボクにとっては、良かったですよ。一気に仕事を覚えることができたのだから。

日系企業のタイ進出をお手伝いする不動産会社は、やりがいのある仕事だった!

日系企業のタイへの進出は、2012年~2013年のピークに比べれば少なくなりましたが、まだまだ活気がありました。

工業団地の土地を購入して工場を建てる企業もあれば、ソフト開発関連企業がバンコクの賃貸オフィスを賃貸して内装工事を手がけたりと、「え~、こんな技術があるんだ。日本ってやっぱスゴイな」と思うことも。

また、とある金融機関の支店長クラスの方々(70名)がバンコクでセミナーをする際に講演をさせていただいたり。

県議会議員の視察アテンドをさせていただいたりととても有意義な時間を過ごすことができました。

また、バンコクに駐在員事務所を構える日本の金融機関の所長様とも何度も面談する機会をいただき、様々な情報交換もさせていただいたことも光栄でした。

ついに、チャンス到来?!タイで転職!ホップ・ステップ・ジャンプ!

タイの日系企業の不動産会社に現地採用として勤めて2年ほど経ったころ、お客様への対応と会社の方針がボクの考えが合わなくなってきた。お客様により良くしたいことができなくなっていました。

そんなとき、バンコクで有名なフリーペーパーである会社が不動産部門(コンドミニアム賃貸・売買)を立ち上げるということで、担当者から挨拶がありました。そのとき、ボクは、少し冗談交じりで。

ボク
もし、工業団地やオフィスもやるということだったら、声かけてくれます?!(笑)

まあ、そのときは冗談交じりだったので本当にお声がかかるとは居ず知らず。

たしか、2016年1月だったと思います。担当者から、社長が会いたいと言っているので時間を作ってもらえますかと。

社長とお話しすると、ボクがイメージしたことができそうな気がするお話しだったので、転職を決意することに。

2016年3月より御世話になることになり、フリーペーパーを使用した広告戦略に注力して、思い描いていたバンコクオフィスマップも完成することができたのは、そこのフリーペーパーのスタッフの力が大きい。

徐々にだが、売上も上がりはじめたそんな矢先のことだった・・・。

よしこれからだと思っていたボクに、またもや暗雲が立ち込めるとも知らずに。

おっと、もうこんな時間!

今日のところは、このへんで。サワディクラップ!

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タイの地で足るを知る 川島
五十の手習い!タイの地で足るを知る~崖っぷちの人生を豊かにする法則ブログ~を運営しています。タイで人生の最終章をスタートさせました。半農半Xを18歳年下のタイ嫁と目指して日々奮闘しています。自給自足、農業、田舎暮らし、タイのことなど、気になる記事がありましたらシェアしてもらえたら嬉しいです♫
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